僕がこの街にひっかかってる理由。


 

■VOL.4 渡英前に。---2

 前回の渡英後、この「BLUE SKY AND TRUE MIND」のテキストの中で僕はロンドンのことを
「そこは行こうと思えば行ける天国」
 と書いた。それは本当に前回、帰国した僕が降り立った成田で思ったことだった。
 そしてまた僕はその“行こうと思えば行ける天国”へ、帰る。

 今回の渡英を思い立ったのは、01年の後半のことだった。まさか自分でも、こんなに早くこの日が来るとは思っていなかった
 やはり今回もキッカケがないわけではない。僕があの街へ帰る時は、どうしてもマイナス因子が身体中イッパイになっている時になってしまう。一から十まで楽しく観光旅行で行くワケにはいかないのだ。我ながら笑ってしまうけれど。

 その一番大きなものは、ただ一言「疲れました、どうかもう終わりにして下さい」という言葉でカラダとココロの中が溢れ返ってしまったということ。
 僕のいるデザイン事務所は、実質グラフィックデザインに携わるメンバーは僕を入れて2人しかいない。2人だからと言って受注ペースを落とすことは滅多にない。その結果、現場はかなりな状態となっていた。特に01年中半から後半はそのヒドさはピークになり、僕が一人で抱え込んだ案件は70件を超えたこともあった。
 だがまだその時点では僕の中に「ロンドンに逃げたい」という気持ちはこれっぽっちも浮かんではこなかった。浮かんでくるヒマすらなかったというのもある。
 12月に入った頃、少しばかり大きめの問題が発生してしまった。
 かなり個人的なことなので詳しくは書かないが、薄々感じていた“事務所を移りたい”という気持ちに拍車をかける原因にもなった。
 とにかくたくさんのことを整理して考えなければいけない必要が出てきてしまったのだ。さすが普段はノー天気な僕も、ハッキリ言っていくらかダメージを受けた。とりあえずの解決策もヒントも何もなかったので、目の前は真っ暗になるばかり。
 しかし僕には全くといって時間というものがなかった。
 考えなければならないというのに「徹夜・深夜残業・休日出勤・持ち帰り徹夜」という毎日では、かろうじて睡眠時間を確保するのがやっと。たまのオフ日も疲労と睡魔に勝つことはできず、結局は何もできない。それどころか日々の生活の中でやらなければならないことすら疎かになり、仲間には迷惑をかけて頼りっぱなしで自己嫌悪に陥るばかり。  その大きな問題も数分、数時間考えれば解決できる事ではなかったから、とにかく僕には色々な意味で、ある程度のまとまった時間が必要だった。

 「ツブれる前に休みを貰えば?」「正月休みを使えば?」とも言われたが、現実問題、その時は急に休みを貰うことなど不可能で、その中で全くの一人の時間を確保するというのは案外難しい。一人で落ち着けるのは疲れ果てて眠ってしまうまでの深夜や明け方の僅かな時間しかないのだ。
 その時、初めて思った。
「ここにいたら何も解決できないし、だから全然進めないよ」
 もちろん、わざわざロンドンまで行き、ホテルの部屋で朝から晩まで悩むつもりはない。行くからには色々な場所へ出かけ、色々なものを見てくる。もう一つの目的には、デザイナーとしての情報収集というものも大きい。僕はずっとデザイナーとして食っていくと決めている、そのためには今ある知識や技術だけで停滞しているワケにはいかない。
 だが、あの静まり返ったホランドパークで一人っきりで芝生に寝っ転がる時、あの一日の後半に大好きなパブでビターでも呑みながらホッと一人になる時、僕には色々なことを考えて、問題と面と向かって戦うだけの気力を取り戻す時間が生まれるだろうと、そんな風に期待している。おそらく今後、自分で大きなものを動かさなければならない事になる。そのために必要なものをあの空気と空の力を借りて蓄えてくるんだ。

 前回と同じく一緒には行けない相方に、その大元の問題も含め、今回のことを話した。前に病的にあの街へ消えたがっていた僕に“本当にロンドンを自分に街にしてしまったら、逃げ場を失ってしまうよ”という言葉をくれた人だ。彼女は今回も僕に
「ゆっくり考えて答えを見つけておいで。その時の答えは1つだけじゃいけないってわけじゃなくて、2つでも3つでもいいんだよ」と教えてくれた。これで気持ちの方の準備は整った。

 実際、まだコチラにいてすら僕は、あの街に帰るための準備や計画だの色々なことで毎日がほんの少し面白いものになっている。今の僕は仕事ばかりではない。仕事を少しサボって計画を練るために地図を拡げる10分間だけで、何か明るいものが生まれている。
 ここ2年の間、仕事が全ての最優先になりつつあった自分に、ロンドンが愛しくて気が狂いそうになるあの“病気”が再発し初めていた。

02年3月 木椙ルル

→BACK TO “BSTM”TOP PAGE

 

ALL TEXT AND PHOTO BY LuLu@LOHDZ
All rights reserved.

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送